大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所高崎支部 平成10年(ワ)347号 判決

本訴事件原告・反訴事件被告(以下「原告」という。)

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

島林樹

牧元大介

本訴事件被告・反訴事件原告(以下「被告」という。)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

広田繁雄

主文

一  原告と被告との間において、原告が被告に対し、平成九年一〇月三一日に埼玉県大里郡川本町瀬山〈番地略〉において発生した火災に関し、火災保険金の支払義務がないことを確認する。

二  被告は、原告に対し、金三七〇万三四四六円及びこれに対する平成一〇年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。

五  この判決は、二項について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴事件

主文一、二項同旨

二  反訴事件

原告は、被告に対し、金四四五〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、後記火災に関し、出火原因が争われ、

1  原告は、本件火災が、被告あるいは被告の意を受けた者による放火によって招致されたものであるとして、①火災保険金の支払義務のないことの確認及び、②被告の保険金請求は不法行為に当たるとして、出火原因の調査に要した費用相当額の損害賠償を求め(本訴請求)、

2  被告は、出火原因が明らかではないとして、被告と原告との間で締結された火災保険契約に基づき、火災保険金の支払を求めた(反訴請求)事案である。

二  前提となる事実(当事者間に争いがない。)〈省略〉

第三〜六〈省略〉

第七 判断

一  出火原因について

1  本件火災は、本件建物内の仏壇が置いてある一階北側東六畳間和室から出火したものであり、本件出火当時には、本件建物は、無人の状態であったものである(争いがない事実)。

2  また、一階北側東六畳間和室付近からは、極めて顕著な灯油類似の物質が油性反応として検出され、本件建物は、本件火災により屋根全体のみならず畳、床板も焼け落ち、柱、梁、根太を残すだけの状態となったものであり(争いがない事実)、相当火勢が激しかったと窺われる(証人永井不可止)。

3  さらに、寄居地区消防署東分署による火災原因調査においては、たばこ、電気関係、こたつ、仏壇の線香、マッチ等による出火は否定されているところ(甲六の一、二、証人永井、内川清志)、これらが出火原因であることを認めるに足りる証拠はない。

4  これらの事実によれば、無人の状態であった本件建物内から出火し、出火場所付近からは顕著な灯油類似の油性反応が認められることからすると、散布された量や点火手段、媒介手段等の詳細は明らかではないものの、何者かが本件建物内に立ち入り、灯油かそれに類するものを一階北側東六畳間和室付近に撒き、火を放ったと認めるのが相当である。

5(一)  被告は、前記のとおり、様々な出火原因の可能性を指摘しているところである。

(二)  しかしながら、油性反応について言えば、警察、消防当局が焼残物を取り去ってもなお、一階北側の東西各六畳間和室付近からは、油性反応が検出されたものであり、本件火災直後の現場の状況を見ても、その周辺には石油ストーブやファンヒーターがあったものとは認められず、また、本件建物二階に養蚕用に置かれていた石油ストーブが使用されていた時期は平成の初期ころまでに過ぎない。また、検出された油性反応は、石油生成品から生じたものとは質的に異なるものである(争いのない事実、甲六の四、五、甲七の一、二、甲三〇、証人内川、被告供述)。

また、電気こたつも本件火災前日には使用されておらず、電気関係についても最近ブレーカーが落ちるといった不具合は生じておらず、本件火災当時、本件建物内が無人であったことからすると、過電流が流れたことも考えにくい(甲六の二、一五、証人永井、内川、被告供述)。

さらに、仏壇の線香にしても、被告らが外出直前に仏壇にあげてから、出火時刻まで約一四時間が経過していたことからすると、その可能性も考えにくい。

(三)  もっとも、寄居地区消防署東分署における火災調査原因においては、放火の可能性が否定され、出火原因が不明とされているところであるが、その根拠とするところは、本件火災発生時刻ころ、被告宅や隣家で飼われていた番犬の鳴き声を聞いた者がいなかったことを挙げているに過ぎず(甲六の一、二)、それだけでは合理的なものとはいいがたい上、消防関係者は臭気の有無から灯油類似物質を確認できなかったとするのみで(甲六の二、甲三二、乙五)、原告がしたような油性反応確認の措置を講じておらず、さらに、本件火災後の平成一〇年一一月五日に被告に対しなされた質問においても、火災保険加入の有無は確認されているが、借財関係についての質問はなされておらず(甲六の一四)、その調査の過程で本件火災の背景事情の存在の有無を強く意識したことも窺われないのであって、消防の右調査原因の結論は相当ではない。

(四)  そうすると、これらの事情を考慮に入れたとしても、右4の結論は左右されるものではない。

二  本件建物に放火したのが、被告あるいは被告の意を受けた者といいうるかについて

1  本件において、右一に認定したとおり、本件火災の出火原因が放火によるものであるとしても、いかなる者が放火したのかを認める直接証拠はないから、原告が主張する、本件建物が被告あるいは被告の意を受けた者によって放火されたものといえるか否かは、関係証拠から認められる間接事実を総合して、これが経験則に照らし、合理的に推認しうるかどうかによって判断することになる。

2  本件出火当時の被告の経済状態、本件建物を巡る動き

(一)(1) 被告は、昭和六三年に有限会社乙を設立し、埼玉県大里郡江南町において青果販売業を営んでいたところ、平成八年一月には青果店を閉店して、新たに同県本庄市内において開店したものの、同年一二月一三日には、不渡処分を受け、金融機関やクレジット会社等に対し、八八〇〇万円の負債を抱えて事実上倒産した。本件建物及び本件土地には、埼玉縣信用金庫が極度額九五〇〇万円の根抵当権を設定しているほか、株式会社首都圏松下クレジットは、仮差押をした上、平成九年六月二七日には、被告に対し、リース料約五六万円の支払を命ずる判決を得ており、国民金融公庫も仮差押をしている。埼玉縣信用金庫の七〇〇〇万円の根抵当権については、被告から支払がなかったため、元本確定の上、平成九年八月五日、埼玉県信用保証協会から一部代位弁済として、四八二二万〇〇六〇円が支払われている(争いがない事実、甲三二)。

一方、被告の所得は、平成六年分が七四一万一九八〇円だったものが、平成七年分は四六六万一二五〇円となり、さらに、平成八年分には二八万六七〇〇円となって、殆ど無収入に近い状態にあり、有限会社乙の倒産により平成八年一二月から平成九年六月までは無収入の状態にあり、同年七月からは春子の紹介により健康食品販売業に従事していたが、さほど収入を得るまでには至っていなかった(争いがない事実、被告供述)。

(2) 本件出火当時、被告が経済的に逼迫した状態にあったことは明らかである。

(二)(1) 被告は、不渡処分を出して有限会社乙が事実上倒産してから、一か月後には本件火災保険契約を締結して保険料を支払い(川本農協武川支所で扱っていた本件建物に関する火災共済は、掛け金が支払われなかったことから、平成七年に契約関係が解消されていた。)、一方で有限会社乙の負債整理のため、平成九年二月二〇日ころには、寄居ハウス株式会社に対し、被告所有不動産の中で最も資産価値の高い本件土地の売却を依頼したが、本件建物は、売買の対象には含まれておらず、被告は、本件建物を中古材として処分することを企図して、同年一〇月初旬、地元新聞にその売却広告を掲載したが、買い手は見つかっていなかった(争いがない事実、甲三二ないし三四、乙一の一、二、証人内川、被告供述)。

平成九年六月ころからは、日本高圧コンクリート株式会社が製品置場にするため、本件土地を九六〇〇万円で購入する話が進展し、同年一〇月二七日には、日本高圧コンクリート株式会社が、寄居ハウス株式会社に対し、取りまとめ依頼書を提出するに至り、その直後に寄居ハウス株式会社から被告に対し、その旨伝えられたが、本件建物は、本件土地の引渡し後、日本高圧コンクリート株式会社が取り壊すことを予定していたところ、同月三一日に本件火災が発生したものである(争いがない事実、甲三二、三三、証人内川、被告供述)。

(2) 本件建物には担保権が設定され、また、本件土地の売却後には、本件建物は買い主によって取り壊しが予定されていたのであって、被告にとっては経済的に価値がない状態であった反面、保険金の支払いがなされれば、本件土地の売却金の他に多額の金員を取得することができることになっていた。

(三) 以上によれば、被告には、放火をする動機が生じうる事情が存在していたといいうる。

3  被告の本件出火直後の行動

(一)(1) 本件建物には、もともと被告と花子が居住していが、被告は春子方で生活することが多く、もっぱら花子が一人で暮らしていたところ、被告は、本件火災発生前日である平成九年一〇月三〇日午前一〇時三〇分ころ、花子を連れて、春子とその父母である丙山一郎、夏子とともに、日帰りの予定で群馬県藤岡市内の温泉施設「湯楽」に行き、入浴し、飲酒、カラオケに興じた後、同日午後九時四〇分ころ、春子が運転して帰路に着くことになったが、花子は同市内の春子の父母宅に泊まることとなり、被告は同市内の春子宅に向かい、本件建物は、本件火災出火当時、無人の状態となった。被告は、翌三一日午前二時一五分ころ、実姉甲野秋子から本件火災発生を知らせる電話を受けた(争いがない事実、甲六の一四、甲三二、被告供述)。

花子は、外泊を嫌う性格であり、春子の父母とさほど懇意にしていたとは窺われない(甲三二)。

(2) 春子宅からさほど遠方に位置するとは思えない本件建物まで花子を送り届けず、これまで外泊することを嫌っていた花子を、宿泊の支度もないまま、本件出火当時までさほど深い付き合いのなかった春子の父母宅に泊まらせたことは、本件出火前後の行動の中でも不自然性を強く感じるところであり、結果的に無人となった本件建物から本件火災が発生したものである。

(二)(1) 被告は、本件火災保険契約を締結している認識を有していた上で、原告に連絡することなく、本件火災当日の夕刻には焼跡を片付けるために建設重機を手配した上、作業に取りかかろうとしたところ、実姉から保険に入っているなら、後片付けをすると保険金が支払われなくなるかもしれないと忠告を受け、保険会社の調査が終わるまで、一旦片付け作業を中止することとした。また、被告は、本件火災直後、損害保険代理店清水晟に対し、建物保険金額及び家財の保険金額を確認している(甲三〇、三二、証人永井、被告供述)。

(2) 右事実からは、本件出火後の被告の行動の早急さ、手際の良さが認められる。

(三) 以上の被告の諸行動には、看過できない不自然性があることは否定できない。

4  被告の属性等

(一) (1)被告は、元暴力団××会の組員だったものであるが、本件火災発生前一年内を見ても、平成八年一〇月には、知人がある人物に報復したいとの相談を受け、××会系の暴力団組員に三〇〇万円の報酬を支払うことを約束して、傷害を負わせることを依頼し、傷害教唆罪で逮捕され、平成九年四月には、有限会社乙のリース物件等のトラブルに際し、暴力団員丁田二郎に依頼し、街宣車を繰り出すなどし、同年八月には、前妻の実家にも暴力団組員を差し向け、前妻の居所を教えるように迫った(甲八、一四、三二、証人内川、被告供述)。

(2) 原告担当者永井不可止は、本件火災発生後、被告に対し、その原因調査のため、保険金支払まで時間がかかる可能性があることを説明したところ、被告は、平成九年一一月二六日、原告の監督官庁である大蔵省に対し、原告が調査に一年かかると説明したとして苦情を申し入れたため、同年一二月一日、右永井が、平成一〇年一月末を目途に結論を出すと説明したところ、原告は、平成九年一二月八日には、年末に金がいるので早く支払って欲しいなどと抗議をした。原告は、平成一〇年一月二八日、被告に対し、保険金支払義務を負わない旨を説明すると、被告はこれに不満を示して、同年二月一六日付けで保険金支払の催告をするとともに、同年三月初旬には、暴力団組員丁田二郎を同行して大蔵省に原告の対応について苦情を申し入れた。

これに対し、原告は、平成一〇年三月一三日、被告に対し、保険金支払義務を負わないこと及び、保険金支払をなお請求するのであれば、訴訟を提起するように勧告したところ、被告は提訴に至ることはなかったが、同年四月に原告が本訴を提起した以後も、原告代表者宅にビラが投げ込まれたり、原告本社前や原告代表者宅付近、原告の寄居支社に街宣車が徘徊して街宣活動をし、原告が被告に対し火災保険金の支払に応じないことをなじり、不当な圧力をかける行動が続けられたため、原告は、被告を相手方として業務妨害禁止等仮処分を申し立てたところ、被告は、原告に対する保険金請求の交渉を依頼したテイダ(丁田二郎)が街宣活動をしたものであるが、被告は街宣活動を依頼したわけではなかったとする陳述書を提出した後、街宣活動は収まった(争いがない事実、甲一四ないし一九、三〇、三七の一、二、証人永井、被告供述、弁論の全趣旨)。

本件土地には、本件火災で更地になった後も政治結社の看板が立てられている(甲三四、被告供述)。

(二) 被告は、右のとおり、原告による本件火災の原因調査の結果を待とうとせず、本件火災発生からさほど時期をおかず、原告の監督官庁に申入れをしたり、暴力団組員に依頼し、原告やその代表者に対し、街宣活動をかけるなど、暴力団関係者との関わりも深く、保険金請求交渉の手段において反法集団の威勢を利用し不当に圧力をけるなど理解しがたく明らかに常軌を逸した態様を選択しているのであり、かような方法を選択するについて被告は、躊躇逡巡した様子も認められなかったものであって、被告の反規範的態度を窺い知ることができるとともに、被告の周辺には、被告の意を受けて不法な行為もいとわない者が存在していたといえる。

5  被告の供述に関する評価

(一)(1) 被告は、本件火災前日の就寝時間に関して、原告の調査時及び訴訟係属後には、午後一〇時ころとしていたものが、その後、午後一二時ころと主張を変え、法廷供述では、午後一〇時ころとしているところ(甲三二、顕著事実)、右は被告のアリバイ主張とも関わりを有する重要な事項でありながら、変遷の理由は合理的ではない。

(2) 被告は、本件出火当時、離婚した妻が放火した可能性を推測していたとも供述するが、本件火災直後における警察、消防に対する出火原因としては、外出する前にあげた仏壇の線香によるものである、電気の蛸足配線は気にしていた、母屋が火事になった原因は分からないと説明していたものであるところ(甲三二、証人永井、被告供述)、前者のように供述しなかった理由は明らかではなく、離婚した妻が放火する動機を有していたと認めるに足りる証拠もない。

(3) 被告は、り災家財の被害内容等について、本件火災発生から約半月後に寄居地区消防本部消防長宛になされた申告と原告に対する申告とでは大きく異なっている点が見受けられる。健康食品については、申告額に倍の開きがあり、図面にも記載されていない点も認められ、中国絵画についても、中国に出向き仕入れた高額のものであるとされながら、内容は両者で異なり、また、他の家財でも両者の食い違いが認められるところがある。さらに、被告は、前記の逼迫した経済状況にありながら、平成九年六月には、現金一八〇万円を支払ってコピー機を購入したとしている(甲六の二〇、甲三〇、乙二の一ないし一五、被告供述)。

これらの申告内容の食い違いの理由については合理的な根拠が示されておらず、不自然であるし、その内容も措信できないものがある。

(二) 被告の供述には、重要な事項について、看過できない不自然性や変遷が認められる。

6(一)  被告は、本件火災当時、本件建物から約三七キロメートル離れた春子宅におり、泥酔していたため、帰宅後間もなく就寝した旨供述し、春子もこれを裏付ける供述をしているところであるが(甲三二)、就寝時間について、前記のとおり変遷があるものであり、被告が外出もできないほどに酩酊していたものとは必ずしも窺えず(甲三二)、被告が春子宅に到着してから、本件出火の連絡を受けるまでに、自動車等を使用して本件建物との間を往復することは可能だったものである。さらに、被告の意を受けた第三者により放火されたとすれば、被告のアリバイ主張自体意味を持たないことになる。

被告の周辺には、本件出火当時、被告の意を受けて不法な行為もいとわない者が存在していたことは、前述のとおりであり、かような者が関与する可能性があったことは否定できないところである。

(二)  そして、本件建物が完全に施錠されていたかについては争いがあるものの(甲六の一五、甲三二、乙九、被告供述)、完全に施錠されていたとすれば、本件建物内に立ち入ることができる者は、被告やその関係者に限られることになるし、完全に施錠されていなかったとすれば、被告とは全く関係のない第三者が本件建物内に立ち入った上、放火した可能性を検討すべきことになるが、本件建物の近隣では不審火が続いたということもなく、本件火災当時、被告が深刻な紛争を抱え、怨恨や攻撃の対象とされていたとする事情も窺えない(甲三二、証人内川、被告供述)。

7 以上検討した事実を総合勘案すれば、本件火災は、被告あるいは、実行者を特定することはできないものの、被告の意を受けた者による放火を原因とするものということができ、保険契約者かつ被保険者である被告が故意によって招致したとする原告の主張は理由があり、右認定に反する被告の供述は採用できない。

三  損害賠償請求について

1  右二で認定したとおり、本件火災が被告あるいは被告の意を受けたものによる放火によって招致されたものでありながら、被告がした本件火災保険金請求は不法行為を構成するものである。

2  そして、原告は、本件提訴前、株式会社損害保険サービス、株式会社分析センターに本件火災原因等の調査を依頼し、前者に対し三〇九万四四四六円を、後者に対し六〇万円九〇〇〇円の調査費用の支払ったものである(甲一〇ないし一三)。

3  右によれば、被告は、原告に対し、右金員相当額を賠償する義務がある。

第八 結論

以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求はいずれも理由があるから認容し、被告の原告に対する反訴請求は理由がないことになるから、これを棄却する。

(裁判官・渡邉英敬)

別紙物権目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例